オラ、Ave-n-tiA いぬねこ波の管理人の介(すけ)です。
このブログは、ミニチュアダックスフンド1匹と保護猫2匹との多頭飼い生活から生まれた、犬と猫が仲良く暮らせるようになるヒントを発信する場所です。犬派も猫派も、これから飼う方も、ぜひゆっくりしていってください。
すけこの記事では、柴犬マルが亡くなったときの話しをします
マルに感謝したことや後悔したことを伝えていきます



マル、お疲れ様でした


突然ですが、柴犬のマルが亡くなりました。
野良出身の柴犬だったので正確な年齢はわからないですが、推定15〜20歳でした。
最初は痩せ細っていて、暴れて、吠えて、「本当に大丈夫なのか?」と思ったこともあります。
それでも少しずつ距離は縮まり、最終的に最高の家族になりました。
最期は看取りで、苦しそうな呼吸も安らかな最後の表情も、全部見届けました。
悲しみはありますが、それ以上に思い出すのは、一緒に歩いた時間です。
この記事では、野良だったマルとの出会いから最期まで、そして初めて犬と生きた僕が感じたことを書きます。



これから犬を迎える人にとって、少しでも参考になれば嬉しいです



最後まで読んでね!


出会い


マルとの出会いは、決して「かわいい」から始まったわけではありませんでした。
最初に見たときのマルは、すごく痩せ細っていて骨ばった体、毛並みも荒れていて表情はどこか弱々しく見えました。でも、不思議と力は強かったです。
その目の奥には、野良として生き抜いてきた強さがある感じ、触ろうとすれば全力で抵抗し、暴れて、吠えて、いつ噛まれてもおかしくない状態で正直に言うと怖かったです。
リードで繋いでも脱走したことがあり、気づけば他の犬のところへ走っていったこともありました。



「本当に一緒に暮らしていけるのか?」そう思っていました
少しずつ縮まった距離
距離が縮まり始めたのは、散歩とご飯でした。
1.散歩に連れて行く。
2.ご飯をあげる。
毎日この2つを繰り返していると、少しずつ距離は縮まってきました。
マルを家の中に入れるようになってから、さらに距離は近づきましたがマルは外が散歩が好きでした。
なので退屈しないようにたくさん撫でて、声をかけて、そばにいる時間をたくさん増やしました。



あの頃は必死でしたが今思えば、信頼は特別なことじゃなくて毎日の繰り返しでできるということを、マルに教えてもらっていたのかもしれません
日常生活


マルの性格は、いわゆるツンデレでした。
決して自分から甘えてくることはなく、膝に乗ることも、すり寄ってくることもありませんでした。



でも僕は知っています
飼い主がいないと寂しくなり遠吠えすることを
散歩中に飼い主を見つけるとグイグイ近づいていくことを
でもマルは甘えることなく、そのまま素通りするツンデレ犬でした
家より外が好きだったマル


マルは外が好きで、散歩の時間になると別人のように、そわそわし始めて目が輝いて家中を走り回っていました。
散歩中のマルは本当に嬉しそうで、きっとマルにとって散歩は生きがいだったのだと思います。
散歩から帰ってきて家が近づくと、必ず家を素通りしようとしたり、玄関の前で立ち止まり動こうとしないので、家に入れることが大変でした。
やっと家の中に入ると、しょんぼりしてご飯を食べなかったり別の部屋に行ったり、少し抵抗をしていました。
外が好きな理由は、野良として生きてきた時間が長かったからかもしれません。
だからこそ、家という空間は、完全には馴染めなかったのだと思います。



それでも、家の中ではマルが退屈しないようにたくさん可愛がりました


グルメなマル
ご飯も、一筋縄ではいきませんでした。
なかなか食べようとしないので、食べさせるのが本当に大変でした。
マルはかなりのグルメなので、昨日食べたものは今日は食べない、マルのポリシーです。



不思議な犬でした
病気と戦ったマル


マルはたくさん病気もしました。
脳炎になり、体が急に固まって何度も倒れたこともありました。
病院に連れて行っても回復しなくて、あの時は本当に「もうダメかと」思いました。
急に首が曲がってしまったこともありました。
バランスが崩れて歩くこと、食べること、寝ることでさえ大変そうでした。
それでもマルは首が曲がっても、いつも澄ました顔で生活してました。



性格な年齢がわからなかったので、病気になるたびに「もしかしたらダメかも」と思っていました
最期の時間


マルの心臓のところには、腫瘍ができていました。
あんなに散歩が好きだったマルが、歩けなくなる日が来るなんて、正直想像していませんでした。



覚悟を決めるときがやってきたのです
マルが食べなくなった日
最後は、何も食べなくなりました。
あんなにグルメだったマルが、大好きなご飯にも反応しなくなり栄養は点滴でとることに。
病院が遠かったので、先生に点滴のやり方を教えてもらい、自分達でやりました。
点滴は10時間以上空けなければいけなく、時間を気にしながら間違えないように、少しでも楽になってほしいと願いながら看病してました。



あの時間は怖かったですが、同時に「自分でも看病ができる」と嬉しさもありました
マルの体の変化


亡くなる3日前から、マルは立てなくなり寝たきりになりました。
ついこの前まで、ゆっくりでも自分の足で歩いていたのに。
亡くなる1日前からは、声を出しながら息をするようになり、とても辛そうで痛み止めの注射も打っていました。
この注射は、4時間以上空けなければいけなく。



この注射は、4時間以上空けなければいけなく、「まだ打てない」「でも辛そうだ」とこの気持ちのやり取りが一番辛かったです
マルの最後の表情


息を引き取ったあと、マルの顔は変わりました。
さっきまで苦しそうだった顔が、狐のような顔になり、とても安らかな表情になっていました。



マルの顔を見たとき、「終わってしまった」と「お疲れさま」と同時に思い・・・
後悔と感謝


もっとマルに食べさせてあげたかった後悔
正直に言うと、大きな後悔はありません。
できることは、やってきたと思っています。
でも、強いて言えばもっと鹿肉ジャーキーを食べさせてあげたかった。
マルはグルメで、その時の気分で食べ物を選んでましたが、鹿肉なら食べる確率が高かったのです。
自分で作った鹿肉ジャーキーを、もっと早くもっとたくさん食べさせてあげられたのに。



「もう少し早く狩猟免許を取っていれば」そう思ったこともありました


感謝、初めての犬がマルでよかった
僕はマルに出会うまで犬とほとんど関わってこなかった人生で、一緒に暮らすこともしてこなかったです。
マルと暮らして、犬という動物を少しですが知ることができました。
特に散歩は効率とは無縁の時間でしたが、それがとても新鮮でした。
まっすぐ歩くわけではない、匂いを嗅いで立ち止まり、おしっこやうんちをして、また止まりながら前に進む。
時には一緒に走って、僕が「ハアハア」言いながら歩いていると、マルも呼吸が荒くなってたのでビックリしたのを覚えています。



犬も疲れることを知りました
野良だったマルが最後は看取られて、息を引き取ったことが奇跡だと思っています
これから犬を迎える人へ


マルは野良でした。
でも、野良でも家族になります。
時間はかかるかもしれないし、簡単ではないかもしれない。
それでも、愛情があれば一緒に暮らせます。
家の中にも入れれるようになり、距離は少しずつ縮まります。



少しずつ、ちゃんと家族になります
年齢が分からなくても愛せる
マルは正確な年齢は分からなく、もどかしさを感じることもありました。
でも、年齢が分からないことは、不安だけではありません。
「今は何歳くらいかな?」と考える時間や家族で話すきっかけになり会話が増えることがあります。



年齢が分からなくても、大丈夫です


死は怖いが、それ以上に尊い
正直に言うと死は怖いです。
苦しそうな呼吸。
弱っていく姿。
何もしてあげられない時間。
あの時間は、何度思い出しても胸が痛いです。
悲しみは確かにあります。
でも、それ以上に生きた時間が残り、一緒に生きた時間は消えません。
死は怖いがそれ以上に尊いです。
そう思えるのは、それだけ本気で向き合った証拠です。
もし今、犬を迎えるか迷っている人がいるなら、怖さだけでやめないでほしいです。



マルが教えてくれました
この記事を最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
大丈夫、別れは必ずくるけどマルは僕の中でずっと生き続けています。



グラシアス!



アディオス!










