家のことはできている。ごはんも食べているし、外にも出られる。それなのに、仕事に行くことだけがどうしてもできない。
犬や猫を見送ったあと、こうなる人はめずらしくありません。寝込んでいないから働ける、というものではないんですね。
先に結論から書きます。ペットロスで仕事に行けなくなるのは、甘えでも大げさでもありません。 そして、無理に早く戻る必要もないんですね。
我が家は今年の2月に、柴犬のマルを見送りました。仕事に行けなくなったのはぼくではなく、妻の方です。約2週間、休みました。
この記事では、その2週間に何が起きていたかを順番に書いていきます。最初の数日どうだったか、職場になんと伝えたか、周りはどう反応したか、どうやって戻ったか。それから、隣で見ていたぼくが何をして、何をしなかったかも書きます。
すけ北海道でダックスのくうと保護猫のロト・トロと暮らす介です
今年の2月に柴犬のマルを見送って、家がしばらく静かになりました



わたしも、次の日から普通に働ける気がしなくて……
こんなの、わたしだけなのかなって思ってました
ペットロスで仕事に行けないのは、甘えではありません
最初にここをはっきりさせておきます。犬や猫を亡くして働けなくなることに、おかしいところは何もありません。
理由は単純で、一緒に暮らしていた相手を失ったからです。 種類が人間かどうかは、悲しみの大きさとあまり関係がないんですよね。毎日顔を合わせて、名前を呼んで、寝る場所を分け合っていた相手がいなくなる。それが起きたのだから、働けなくなるのは自然な反応です。
つらいのは、この事実が周りに伝わりにくいことです。人が亡くなれば誰も理由を聞きませんが、犬や猫だと「たかがペットで」と思われるかもしれない、と本人が先回りして考えてしまう。悲しみそのものより、悲しんでいることを説明しなければいけない状況の方が、消耗することがあります。
「悲しみに順番をつけない」でいい
自分より大変な人がいる、もっと長く一緒にいた人がいる、うちの子は寿命だったから仕方ない。こういう理屈で自分の気持ちを小さく見積もろうとする人は多いです。
でも、悲しみは比べるものではありません。あなたが悲しいという事実の方が、その理由が妥当かどうかより先に来ます。



「まだ引きずってるの」は、自分に対して一番言わなくていい言葉です。ぼくもそう思っています
どのくらい休む人がいるのか
これは決まりがないので、はっきりした数字はありません。次の日から普通に働ける人もいますし、数か月かかる人もいます。
我が家の場合は約2週間でした。あくまで1つの例で、これが標準というわけではありません。ただ、目安がまったくないと「自分は長すぎるのでは」と不安になるので、ひとつの実例として書いておきますね。
妻が仕事に行けなくなった2週間|柴犬マルを見送ったあと
ここからは、うちで実際に起きたことを書きます。
うちには柴犬のマルがいて、今年の2月に亡くなりました。もともと野良犬だったので正確な年齢は最後まで分からず、おそらく15歳から18歳くらいだったと思います。


見送った直後のことは、正直うまく言葉にできません。ただ悲しくて、悲しくて、悲しかった。それだけでした。
ぼくも悲しかったですが、妻の方がもっと悲しんでいました。
生活はできていた。仕事ができる状態ではなかった
まず書いておきたいのは、妻は寝込んではいなかったということです。亡くなったときから、生活そのものはなんとかできていました。
起きて、食べて、家のことをする。だから外から見れば、そこまで大変そうには見えなかったかもしれません。
それでも、仕事はできませんでした。行けるかどうか以前に、行っても仕事にならないのではないかという心配の方が先に来る。「生活が回っていること」と「働けること」は、まったく別の話でした。
ここは、いま同じ状態の人に伝えたい部分です。寝込んでいないから休むほどではない、と自分で判断してしまう人は多いと思います。でも、判断の基準は「動けるかどうか」ではなくて「仕事ができる状態かどうか」です。



家ではちゃんと動けてるんです。それなのに、会社のことを考えるとちょと無理な感じが…
直後の「きつい」から、数日後の「寂しい」へ
気持ちの方は、日が経つにつれて形が変わっていきました。
亡くなった直後は、とにかくきつい。 何が起きているのかを受け止める前に、時間だけが過ぎていく感じです。ここには考える余裕がありません。
そこから何日かたつと、寂しさに変わってきます。 きついの中身が、少しずつ輪郭を持ってくると言った方が近いかもしれません。
そして寂しくなってからの方が、実は長いです。ふとした瞬間に泣く。思い出して泣く。散歩の時間だった時刻になる、フードが置いてあった場所を見る、名前を呼びそうになる。日常が動いているぶん、マルがいた場所の空白の方がはっきりしてきます。


だから「元気そうに見える」ことと「立ち直った」ことは、まったく別ものだと思っています。ここは、そばにいる人ほど誤解しやすいところです。
職場にはなんと伝えたか|「ペットの死で」とそのまま説明した
ここがいちばん悩む人が多いところだと思います。
妻は、ペットの死でとそのまま伝えました。 ぼかしたり、体調不良ということにしたりはしていません。
正直に言うと、これは勇気のいる伝え方です。理由を伏せた方が波風は立ちませんし、実際そうする人もいます。それも間違いではありません。ただ、ぼかしたまま休むと、戻ったあとも本当の理由を隠し続けることになります。 そちらの方が長く続く分きついこともあるので、どちらがラクかで選んでいいと思います。
反応は人それぞれだった
職場の反応は、はっきり分かれました。
理解してくれた人もいれば、微妙な受け止め方をした人もいたというのが実際のところです。ただ、これは大事な点なので書いておきます。否定的なことを口に出してきた人は、ひとりもいませんでした。
言われたわけではないけれど、空気で分かる。そういう距離感です。



全員に分かってもらおうとしなくて大丈夫です。分かってくれる人がいることが嬉しかったりします
伝えるときに考えておくと迷わない3つ
実際に連絡するときは、この3つだけ決めておくと言葉に詰まりにくいです。
- 理由をどこまで言うか
「家族の看取りで」「ペットの死で」など。詳しく説明する義務はありません - どのくらい休むか
分からないなら「数日いただきたい」で構いません。最初から2週間と言い切る必要はないです - どの休みを使うか
有給・欠勤・病気休暇など。会社の制度によって呼び方が違います
そばで見ていたぼくがしたこと|無理に話しかけなかった
ここからは、動けなくなった本人ではなく、隣にいた側の話です。
家族が起きてこなくなったとき、どうすればいいのか。ぼくもそのとき初めて考えました。結論から言うと、ぼくがしたのは「無理に話しかけないこと」と「一緒に悲しむこと」の2つだけです。
無理に励まさない・気晴らしを提案しない
やらなかったことの方が、たぶん大事でした。
元気を出してほしくて、つい言いたくなる言葉があります。「元気出せ」「もう少し前を向こう」「気晴らしにどこか行こうか」。言いたくなる気持ちは分かります。
ただ、悲しんでいる本人には余計悲しくなることがあります。



「そのうち慣れるよ」も、いま言う言葉じゃないんですよね。
一緒に悲しむ
代わりにできることは、そんなに多くありません。ぼくがやったのは、一緒に悲しむことです。
無理に会話をしようとしない。何もしていないように見えますが、そばに同じ気持ちの人がいる状態そのものが、たぶんいちばん効きます。
家のことは、動ける人がやります。役に立とうとするなら、言葉より手を動かすほうがいいと思いました。
長引くときは、無理に自力で抱えなくていい
ひとつだけ、書いておきたいことがあります。
日常生活に支障が出る状態が何週間も続くとき、眠れない・食べられないが続くときは、気持ちの問題として抱え込まずに、医療機関や相談窓口を頼っていいかもです。かかりつけの医師に相談すると何かが変わるかもしれません。
「そのくらいで病院に行くなんて」と思う必要はありませんよ。


職場に戻った日|完全に元気にならないまま出社した
2週間ほど経って、妻は職場に戻りました。
きっかけと言えるものは、特にありませんでした。 何かが解決したわけでも、気持ちの整理がついたわけでもありません。いちばん大きかったのは、時間だったと思います。
「治ってから戻る」ではなかった
ここは、いま休んでいる人に伝えたい部分です。
戻った日の妻は、完全に元気になってはいませんでした。 少し緊張した様子でした。悲しみが消えたから戻れたのではなくて、悲しいまま戻ったというのが正確です。
だから「元通りになってから復帰しよう」と考えていると、いつまでも基準に届かないことがあります。元通りにはならないけれど、それでも行けるようになる日が来る、という戻り方の方が現実に近いと思っています。
職場は優しく迎えてくれた
戻った日、職場は優しく迎え入れてくれました。
休むと伝えたときには微妙な空気もあったのに、戻ったときはそうではなかった。人は、実際に困っている人が目の前に戻ってきたときの方がやさしいのかもしれません。
だから、休む前に想像する最悪の反応は、たいていそこまで起きません。ここは少しだけ安心してもらえたらと思います。



戻ったあとも、また泣いちゃったりしませんか?



します。それでいいと思っていますよ
遺骨をどうするかは、あとで決めていい
休んでいる間、手をつけられないことがひとつあります。遺骨のことです。
火葬が終わると、骨壷が家に来ます。そこから先、霊園に納めるのか、家に置くのか、いつか土に還すのか。この判断を、いちばん悲しい時期にしなければいけない気がしてしまうんですね。
しなくて大丈夫です。犬や猫は墓地埋葬法の対象外なので、自宅に置いておくことに法律上の問題はありません。納骨の期限もないので、何年置いていても構いません。


我が家は、いまも写真と一緒に棚の上に置いています。骨壷は自分で選んだものではなく、火葬をお願いした地元の業者さんが用意してくれたものです。用意した仏具も写真立てだけで、位牌も仏壇もありません。
それでも、供養として何も問題はないと思っています。
骨壷・仏具・置き場所の決め方は、こちらにまとめました





骨壷が家にある状態が続いても、放っておいていることにはならないです。決めるのは、動けるようになってからで間に合いますよ
いまいる子たちのこと
我が家にはダックスのくうと、保護猫のロトとトロがいます。3匹とも元気です。
マルはこの3匹と一緒に暮らしていたわけではありませんが、同じ空間で過ごしたことは何度もありました。いまは、その3匹と同じ家の棚の上にいます。


ひとつだけ気づいたことがあります。いま生きている子がいると、否応なく生活が動きます。 ごはんの時間は来ますし、散歩にも行かないといけない。それがつらいと感じる日もありますが、結果的には日常に戻るきっかけになっていた気がします。
これは「新しい子を迎えれば元気になる」という話ではありません。迎えるかどうかは、まったく別の判断です。渦中にいるうちに決めることではないと思っています。


ペットロスと仕事によくある質問
まとめ|行けない日があっても大丈夫です
犬や猫を亡くして仕事に行けなくなるのは、甘えではありません。
- 休んでいい
一緒に暮らしていた家族を失ったのだから、働けなくなるのは自然な反応です - 基準は「動けるか」ではない
生活が回っていても、仕事ができる状態とは限りません - 気持ちは形を変える
直後のきつさから、数日たって寂しさへ。寂しくなってからの方が長いです - 期間に正解はない
うちは約2週間。次の日から働ける人も、数か月かかる人もいます - 伝え方は選んでいい
そのまま言っても、伏せてもいい。ただ伏せると戻ったあとも隠し続けることになります - 反応は分かれる
全員に分かってもらう必要はありません。分かってくれる人が何人かいれば嬉しいです - そばにいる人がすること
無理に話しかけない、励まさない、一緒に悲しむ - 戻り方
元通りになってから戻るのではなく、悲しいまま戻れる日が来ます - 遺骨のことは急がない
納骨に期限はありません。落ち着いてから決めて大丈夫です - 長引くときは頼る
眠れない・食べられないが続くなら、医療機関や相談窓口へ
妻も、2週間後に完全に元気になったわけではありません。今でも、ふとした瞬間に思い出して泣くことがあります。それでいいのだと思っています。



大丈夫、行けない日があっても、ちゃんと戻れますから





散歩の時間はちゃんと来る。オレが教えてやってる



泣いている日は、少しだけ近くに座ります。何も言わないけど



泣いてる日は、そっとしてます。わたくしなりの気づかいです








